スタートアップの広報・ PR 戦略 - メディア露出とプレスリリース活用
スタートアップの広報を始めるための7ステップを解説。成長フェーズ別の発信テーマ、プレスリリースの書き方・配信方法、 KPI 設計、30日立ち上げプランまでを手順形式でまとめた。

スタートアップの広報とは、メディア掲載を取るだけの活動ではない。顧客・採用候補者・投資家・提携先との信頼を積み上げる継続的な活動である。専任の広報担当者がいなくても、発信の目的と対象者を先に決めれば創業者や兼任担当者でも始められる。成長フェーズ別の優先順位からプレスリリース作成・配信・改善・ KPI 設計までを手順形式でまとめた。
前提整理:スタートアップにとっての広報・ PR とは何か
広報は「メディアに載ること」だけを指すのではなく、組織とステークホルダーの間に信頼を築く活動全体を指す。公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会( PRSJ )は、 PR を「組織とその周囲の人々との望ましい関係をつくる考え方・行動」と定義している。
では広告とは何が違うのか。広告(ペイドメディア)は費用を支払い、掲載内容と掲載場所を企業側がコントロールする。一方、 PR ・パブリシティ(アーンドメディア)では、情報提供後の掲載・編集判断が媒体側にある。自社サイトや SNS での直接発信(オウンドメディア)は自由度が高いが、第三者による評価とは性格が異なる。
スタートアップが関わる広報には、おおむね以下の種類がある。
創業初期のリソースで最も着手しやすいのはメディアリレーションと事業広報であり、以降のステップもこの二つを軸に解説する。
始める前に必要なもの(前提条件チェックリスト)
手順に進む前に、以下の5点を揃えておくと各ステップがスムーズに進む。一つひとつは大がかりなものではないが、いざプレスリリースを書こうとしたときに手が止まる原因はたいていここにある。
- 事業の MVV (ミッション・ビジョン・バリュー)と課題の言語化 社内で口頭共有しているだけでは外に出せない
- 会社概要・代表者プロフィール・プロダクト概要の一枚まとめ 記者が取材判断をする際に最初に見る
- プレスキット用の画像素材(ロゴ、プロダクト画面、代表者写真) 掲載時に適切な素材がないと機会を逃す
- 問い合わせ先(メール・電話・担当者名) 連絡先不明のリリースは返信のしようがない
- 自社サイトのニュース/お知らせページ なければ簡易でもよいので作成する
どれか一つでも欠けていると、配信直前に慌てることになる。先に片づけておきたい。

広報を立ち上げる7ステップ
ステップ1:広報の目的を一つに絞る
シード〜シリーズ A 前後のスタートアップは、広報の目的を一つだけ決めるところから始める。目的が曖昧なまま動くと、限られたリソースが分散し、どのメディアへ何を伝えるかも定まらない。
顧客認知、業界内の信頼構築、採用、資金調達のストーリー発信。どれも重要に見えるだろう。 PRIZMA が設立3年以内の企業経営陣508名を対象に行った調査(FNN 掲載、2025年4月実施)では、プレスリリースへの期待効果としてリード獲得が44.9%、ブランド認知向上が41.6%、メディアリレーション強化が32.4%と報告されている。経営者自身が目的を意識している一方、複数の効果を同時に狙うと一通のリリースに情報を詰め込みすぎる事態になりやすい。
最優先の目的を決めれば、対象メディアもおのずと絞られる。顧客認知なら業界メディア、採用ならビジネス系、資金調達なら経済メディアやスタートアップ専門媒体、というように。
ステップ2:対象者と届けたいメディアを決める
発信の対象者は「世の中全体」ではない。顧客層、業界関係者、投資家、採用候補者、自治体関係者といったステークホルダーを具体的に洗い出し、それぞれが日常的に読む媒体カテゴリを対応づける。
メディア候補を探す出発点として、日本新聞協会のメディアリンクがある。全国紙・地方紙・通信社・放送局の会員社が一覧されており、地域別やカテゴリ別に媒体を把握するのに役立つ。
最初から100媒体のリストを作る必要はない。3〜10媒体から始めるのが現実的である。対象が広すぎると、結局どの媒体にも刺さらない文面を一斉送信することになる。
ステップ3:成長フェーズに合った発信テーマを選ぶ
スタートアップの広報で「何を発信すべきか」はフェーズによって変わる。重要なのは、各段階で何を後回しにしてよいかまで判断することである。
参考として、PR TIMES MAGAZINE のフェーズ別発信解説やWaris のフェーズ別広報活動整理が具体例を挙げている。
ただし注意すべき点がある。フェーズ名は目安であり、事業内容・顧客の種類・組織人数によって優先順位は前後する。「シードだからこれしかやらない」と決めつけるのではなく、自社の状況に照らして読み替えてほしい。
ステップ4:ニュース性のあるテーマに仕上げる
「社会性がある」「独自性が高い」という抽象的なアドバイスだけでは、実際に手を動かしにくい。以下の7つの問いで、発信候補にニュース性があるかどうかを判定する。
- 何が新しいのか 既存の方法・製品と比べて何が変わったか
- なぜ今なのか このタイミングで発表する理由があるか
- 誰の課題を変えるのか 読者にとっての価値が具体的に言えるか
- 既存と何が違うのか 比較対象を示せるか
- 数字で示せるか 導入数、削減率、調査結果など裏付けがあるか
- どの媒体の読者に関係するか 特定の読者層を想定できるか
- 取材時に素材を提供できるか 写真、図表、担当者コメントが揃うか
共同通信 PR ワイヤーの解説でも、社会性のある取り組みやインパクトのある商品、物語性を切り口として紹介している。
なお、「日本初」「 No.1」「業界最大」といった最上級表現は、調査方法・比較対象・対象期間・根拠を示せる場合に限って使うべきである。根拠なき誇張は、記者の信頼を損なう最短ルートだ。
ステップ5:プレスリリースを作成する
プレスリリースの基本構成は以下の通りである。初めて書く場合でも、この順序に沿えば必要な情報は網羅できる。
- 発信日・企業名
- タイトル
- サブタイトル(任意)
- リード文(5W1H を簡潔に)
- 発表内容(何を、どうするのか)
- 背景・社会的課題
- プロダクトや取り組みの詳細
- 数字・調査データ・根拠
- 代表者・関係者コメント
- 今後の展望
- 会社概要
- 問い合わせ先(メール・電話・担当者名)
タイトルの付け方。 何が起きたかを冒頭に置く。社内で使っているプロジェクト名や抽象的なスローガンではなく、読者にとっての価値を含める。「〇〇業界の△△を解決する□□、提供開始」のように、事実と読者メリットを一文にまとめるのが基本形である。
リード文。 誰が、何を、いつ、どこで、なぜ、どのように行うかを3〜5行で伝える。ここだけ読んで全体像がつかめる状態が理想だ。
本文の推奨順序。 結論→背景→詳細→数字・根拠→コメント→今後の展望。記者は冒頭で取材価値を判断するため、結論を後ろに回すと読まれない可能性がある。
日本広報協会の文章作成方針では、主題を明確にすること、表記を統一すること、専門用語や分かりにくい表現を避けることが基本とされている。プレスリリースも同じだ。社内では通じるカタカナ用語や略語が、記者にとっては意味不明であることは珍しくない。

ステップ6:配信とメディアアプローチを実行する
配信は「ボタンを押して終わり」ではない。配信前・配信時・配信後の3段階で動く。
配信前
- 候補媒体の最近の記事を実際に読む。テーマがずれていれば送らない
- 担当記者・編集部が扱っているテーマを確認する
- 独占情報や先行情報として提供できるか検討する
- メールや問い合わせフォームで簡潔に情報提供を行う。件名に「何が新しいか」が入っていること
配信時
- 自社サイトのニュース欄にも同時掲載する
- プレスリリース配信サービスを利用する場合は、目的と対象に応じて選ぶ
- SNS で発信し、顧客・投資家・提携先・社内メンバーにも共有する
配信後
- 記者・媒体からの問い合わせには迅速に回答する
- 掲載記事は営業資料・採用ページ・ SNS で二次活用する
- 反応の良かったテーマ・タイトル・媒体を記録し、次回に活かす
ここまでの流れが一巡すれば、広報活動の最小単位は回ったことになる。
配信サービスの選択肢について。 PR TIMES スタートアップチャレンジは、設立24カ月以内の株式会社を対象に、一定条件のもとでプレスリリースの無料配信枠を提供している。対象条件や無料件数は変わり得るため、利用前に公式ページで最新情報を確認してほしい。
他にも共同通信 PR ワイヤー、@Press などの配信サービスが存在する。比較時に確認すべき主な項目は以下の通りだ。
サービス間の優劣は一概に言えない。自社の発信頻度・対象媒体・予算に照らして選ぶものである。
ステップ7: KPI を記録し、次の発信を改善する
掲載数だけで広報の成否を判断するのは危険である。掲載されても事業に何も起きなければ、その広報は機能していない。目的別に KPI を設定し、記録する習慣をつける。
広告換算費(掲載された場合に同じ枠を広告で買ったらいくらか、という指標)を使う組織もある。ただし算定方法は統一されておらず、記事の内容やトーンは広告と異なるため、数値の解釈には限界がある。短期の PV だけで広報全体を評価するのも同様に危うい。
PR TIMES MAGAZINE のメディア露出解説では、認知拡大・信頼性向上・営業支援・採用支援・指名検索増加といった複数の効果軸を整理しており、掲載数以外の評価視点を考える際に参考になる。
KPI はステップ1で決めた「目的」と対になるものだ。目的が顧客認知なら指名検索や問い合わせ数を見る。採用なら応募経路を追う。この対応関係が崩れると、数字を追っているのに手応えがない、という状態に陥る。
スタートアップの広報担当は誰が適任か?:体制別の選び方
創業初期は、広報専任者を置ける余裕がないことがほとんどだ。 PRIZMA の調査(FNN 掲載)によれば、プレスリリースの作成者は社内広報担当52.7%、経営陣51.0%(複数回答)であり、経営者自身がリリースを書いているスタートアップは珍しくない。
では誰が担うべきか。正解は一つではないが、4つのパターンとそれぞれの向き不向きを整理する。
内製(創業者・兼任担当者) 事業の背景を最も深く理解しているのが強みである。顧客の課題感や開発の意図をそのまま言語化できる。一方で、営業・開発・採用との兼務になるため発信が後回しになりやすい。ニュース性の判断が社内視点に偏る点にも注意が必要だ。
フリーランス・プロ人材 広報の立ち上げ期に壁打ち相手として入ってもらう、大型発表時だけスポットで支援を受けるといった使い方に向く。専任採用の前に小さく試せるのも利点である。
PR 会社 複数媒体との継続的な関係構築、危機管理、記者会見対応など、専門性が求められる場面で強みを発揮する。ただし月額費用は決して小さくないため、シード期の導入は慎重に判断すべきだ。
AI ・自動化ツールの補助的活用 発信候補の整理、過去ニュースの棚卸し、発信カレンダーの管理、タイトル案・構成案の生成といった作業で AI ツールを活用する動きは広がっている。ただし、事実の正確性確認、機密情報の取り扱い、表現の最終チェック、公開承認は必ず人間が担う。 AI にプレスリリースを完全自動生成・自動配信させる前提は現実的ではない。
発信テーマやコンテンツの管理負担を仕組みで軽減したい場合、内製のスプレッドシート管理、外注先への委託、 Growth Calendar のようなコンテンツ運用ツールの活用など、複数の選択肢がある。自社の発信頻度と人員体制に合った方法を選べばよい。
プレスリリースを配信しても掲載されないときの改善チェックリスト
配信したのに反応がない。その原因はたいてい「内容」か「届け方」のどちらかにある。以下のチェックリストで一つずつ確認してほしい。
- タイトルが社内用語や抽象表現になっていないか → 読者にとっての価値を冒頭に置く
- 「何が新しいか」が明確に伝わるか → ステップ4のニュース性チェック7問で再検証する
- すべてのメディアに同じ文面を送っていないか → 媒体の読者層に合わせて切り口を変える
- 数字・データの出典や調査方法が示されているか → 根拠なき誇張表現は削除する
- 配信タイミングが媒体の締め切りや報道サイクルに合っているか → 月曜早朝や金曜夕方は避ける、といった基本も確認
- 配信後の記者フォローや追加素材提供を行っているか → 一方通行で終わっていないか
- 掲載されなかった要因を記録し、次回に反映しているか → 同じ失敗を繰り返さない仕組みを持つ
掲載されないこと自体は「失敗」ではない。記者の手元に情報が届き、テーマとして認知されること自体が次の取材機会につながる場合もある。問題は、記録も振り返りもせずに同じパターンを繰り返すことだ。
最初の30日で実行する広報立ち上げプラン
ひとり広報・兼任担当者でも実行できる粒度に分解した4週間のプランである。すべてを完璧に仕上げる必要はない。「不完全でも動かす」ことが最初の30日の目的だ。
1週目:基盤をつくる
- MVV ・事業背景の言語化(箇条書きでよい)
- 広報の目的を一つ決定
- ステークホルダーの洗い出し
- プレスキット整備(ロゴ・プロダクト画面・代表者写真・会社概要)
2週目:テーマと媒体を調べる
- 発信候補を10件洗い出す(過去・現在・予定のイベントすべて含む)
- メディアリスト作成(業界・地域・顧客層別に3〜10媒体)
- 競合や近いフェーズの企業の発信を調査
- プレスリリースのテンプレートを作成
3週目:最初のリリースを仕上げる
- 最初のプレスリリースを作成
- 社内メンバーまたは外部の第三者にレビューを依頼
- 配信先と配信日を決定
- 取材対応用の FAQ (想定質問と回答)を準備
4週目:配信し、振り返る
- 配信実行
- SNS ・自社サイト・営業資料への展開
- 反応(閲覧数・問い合わせ・掲載・ SNS 言及)を記録
- テーマ・タイトル・媒体適合性を振り返り、次回計画を立てる
4週間を一巡させれば、広報の最小サイクルが回る。完成度よりも「回した」事実のほうが、次の改善材料としてはるかに価値がある。

FAQ
スタートアップはいつから広報を始めるべきか
プロダクトや事業に「伝えるべき事実」が生まれた時点で開始できる。会社設立やプロダクトローンチはシード期でもニュースになり得る。ただし PMF 前は大規模な露出を追うより、少数の媒体や記者との関係構築を優先するのが現実的だ。メディアに名前を覚えてもらうこと自体が、後の取材機会につながる。
広報と PR の違いは何か
日本語の「広報」と英語の「 PR (パブリックリレーションズ)」は、実務上ほぼ同義で使われることが多い。PRSJ の定義では、 PR は組織とステークホルダーの望ましい関係をつくる考え方・行動を指す。広報を「広く報せる」一方向の発信と捉えるか、ステークホルダーとの双方向の関係構築と捉えるかで、言葉がカバーする範囲は変わる。実務上は、両者をほぼ同義と見なして差し支えない。
プレスリリースを配信すればメディアに掲載されるか
配信は記者の目に触れる機会を作る手段であり、掲載を保証するものではない。発表テーマの選定→リリース作成→配信→記者の閲覧→取材・問い合わせ→掲載→事業成果、という各段階はそれぞれ別のハードルである。掲載率を上げるには、ニュース性の練り込み、媒体の読者層に合ったテーマ選定、適切な記者への情報提供が欠かせない。
資金調達のプレスリリースには何を書くべきか
調達額だけでは報道価値は限られる。資金の使途(プロダクト開発、採用強化、市場拡大など)、事業が解決する社会的課題、投資家のコメント、今後の展望を含めると、読者にとっての意味が明確になる。顧客・採用候補者・業界関係者にとって「この調達が何を変えるのか」を意味づけることが、金額の大小以上に重要だ。
AI でプレスリリースを作成してもよいか
構成案やタイトル案の生成、過去情報の整理には AI を活用できる。ただし、事実の正確性、数字の出典確認、機密情報の取り扱い、表現の最終チェック、公開承認は必ず人間が行う。 AI が生成した文章をそのまま配信に回すのではなく、下書き・補助ツールとして位置づけるのが現実的だ。自社の固有名詞や数値が正しく反映されているか、記者が読んで意味が通るかは、最後に人の目で確認する。
PR TIMES スタートアップチャレンジとは何か
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